なぜ人間は、誰が見ても劣悪な衛生環境を平気だと感じることができるのでしょうか。そのメカニズムには、脳の認知機能の特性と、精神的な防衛システムが深く関わっています。ゴミ屋敷の住人が平気でいられる理由の第一は、感覚の習慣化、いわゆる「馴化」です。人間は特定の刺激に長時間晒されると、脳がその情報を重要ではないと判断し、意識に上げないようにフィルターをかけます。強烈な腐敗臭や視覚的な混乱も、毎日接していれば脳内では背景ノイズとして処理され、文字通り「見えず、聞こえず、臭わず」という状態になります。第二の理由は、セルフエスティームの極端な低下です。自分を価値のない存在だと思い込むと、自分に相応しい環境もまた、ゴミの山であるという歪んだ認識が定着します。清潔な場所に行くことの方が、自分には分不相応で居心地が悪く感じられ、不衛生な環境こそが自分の身の丈に合っているという倒錯した安心感を得るようになるのです。第三に、実行機能の障害も挙げられます。片付けという作業は、情報の取捨選択、計画、実行という高度な脳の働きを必要としますが、ストレスや疾患によってこの機能が低下すると、目の前の状況を整理すること自体が不可能になり、その結果として「現状をそのまま受け入れる(平気だと思う)」ことで脳の負荷を下げようとする適応が起こります。このように、ゴミ屋敷を平気だとする態度は、本人が生き延びるために脳が必死に作り出した、歪んだ防護壁なのです。ですから、周囲が物理的なゴミの量だけを見て驚き、批判することは、本人の苦しみの本質を見落としていると言わざるを得ません。彼らが平気でいられるのは、そう思わなければ心が壊れてしまうほどの重荷を背負っているからです。断捨離を成功させるためには、この強固な心理的メカニズムを理解し、否定から入るのではなく、なぜそうならざるを得なかったのかという背景を解き明かす必要があります。