部屋が汚い、あるいは物が溢れている状態に対して、多くの人は「だらしない」や「不衛生だ」というネガティブな評価を下しがちですが、当人にとってはそれが無上の安らぎをもたらす聖域となっているケースは少なくありません。この現象を心理学的な視点から紐解くと、自分を取り囲む無数の物品が物理的な壁のように機能し、外界からの刺激や不安を遮断する「コックピット効果」に近い心理状態が働いていることが分かります。整然とした広すぎる空間は、人間にとって時にどこに身を置いてよいか分からない不安、いわゆる「広場恐怖」に近い感覚を呼び起こすことがあります。一方で、手の届く範囲にあらゆる物が配置された、一見して散らかった部屋は、自分の支配領域が明確であり、何がどこにあるかを(たとえ他人の目には混沌として見えても)把握できているという万能感や安心感を与えてくれるのです。これは、幼少期に狭い押し入れや机の下に秘密基地を作って籠もった際に感じた、誰にも侵入されない自分だけの世界を確保した際の安堵感に通じるものがあります。また、視覚的な情報量が多い環境の方が、特定の個性に取っては逆に意識の集中を促すノイズキャンセリングのような役割を果たすこともあります。あまりに清潔で完璧な部屋は、そこに一滴の汚れも許されないという強迫的なプレッシャーを住人に与えますが、最初から汚れている、あるいは物が散乱している部屋は、住人の欠点やだらしなさを全肯定してくれる包容力を持っているように感じられるのです。しかし、ここでの「落ち着く」という感覚は、時に慢性的な疲労や現実逃避の裏返しである可能性も否定できません。自分を囲む物の山が、実は外の世界へ踏み出す勇気を奪う「繭」になっていないか、あるいはその安らぎが単なる感覚の麻痺によるものではないかを見極める必要があります。それでも、社会という戦場から疲れて帰還した際に、積み上がった本や脱ぎ捨てられた衣服の山の中に身を沈めることが、その人の精神を辛うじて繋ぎ止めている防波堤になっている事実は無視できません。部屋の汚れは、単なる物理的な状態ではなく、その人の内面的な防御反応の現れであり、そこに安らぎを見出すという行為は、極めて人間味あふれる生存戦略の一種であると言えるのではないでしょうか。この心地よさを否定するのではなく、なぜ自分は混沌を求めているのかを深く理解することで、真の意味での心の整理が始まるのかもしれません。
らかった部屋に安らぎを感じるコックピット効果の心理学