アスペルガー症候群の方がゴミ屋敷を作ってしまう最大のハードルは、先に述べた「実行機能」という脳の能力にあります。実行機能とは、複雑な課題を遂行するために必要な一連の認知的プロセスであり、目標の設定、計画の策定、優先順位の決定、作業の開始、感情のコントロール、そして柔軟な計画の修正といった多くの要素を含んでいます。片付けという作業は、実はこの実行機能をフル活用しなければならない、極めて高度でマルチタスクな活動なのです。例えば、床に散らばった衣類を片付けるという単純に見える作業一つをとっても、まず「洗濯機に入れるもの」「クリーニングに出すもの」「畳んでしまうもの」を分類し、次にそれぞれの場所へ運ぶという順序を立て、途中で見つけた雑誌に気を取られずに作業を継続し、洗濯機がいっぱいになったら計画を変更するという柔軟性が求められます。アスペルガー症候群の方は、これらの工程を同時並行で処理することに大きな困難を感じます。彼らの脳は、情報の優先順位をつけることが苦手なため、目の前の「脱ぎ捨てた靴下」と「重要な契約書類」が同じ重みを持って視界に入ってきてしまうのです。どちらを先に処理すべきか迷っている間に脳がオーバーヒートし、結局どちらも放置してしまうという現象が起こります。これがゴミ屋敷化のメカニズムです。また、アスペルガー症候群の方は「未来の報酬」のために「現在の苦労」を耐えることが苦手な場合があります。今、掃除をすれば後で快適になるという長期的な視点よりも、今、物を捨てないことで得られる短期的な安心感を優先してしまうのです。この困難を克服するためには、実行機能を外部化する工夫が必要です。例えば、タイマーを使って作業時間を視覚化する、チェックリストを使って手順を一つずつ確認する、あるいは「ゴミを袋に詰める日」と「ゴミを外に出す日」を完全に分けるといった、脳の負荷を分散させる手法が有効です。実行機能の障害を本人の資質として責めるのではなく、補助具やシステムによって補うべき課題として捉えることが、ゴミ屋敷問題の現実的な解決策となります。
実行機能の障害が片付けを阻む理由