今から数年前、僕はゴミ屋敷と化したワンルームマンションで、人生で最も過酷な夏を過ごしていました。当時の僕は仕事のストレスから完全に無気力になり、部屋は床が見えないどころか、膝の高さまでコンビニの袋やペットボトルが積み上がっていました。夏が本格的になり、気温が上がり始めると、僕の部屋は人間が住める場所ではなくなりました。まず、エアコンが効かないのです。吹き出し口の前にまでゴミが積み上がっていたため、冷気は天井付近を彷徨うだけで、僕が座っている床付近には湿った熱気が澱んでいました。窓を開けようにも、ベランダに出るためのサッシがゴミの山で塞がれており、何年も開閉していなかったために建付けが悪く、無理に開ければ近所にゴミの山を晒すことになるという羞恥心から、僕は密閉されたサウナのような部屋に閉じこもっていました。あの頃、最も辛かったのは「臭い」と「虫」でした。暑さで腐敗が進んだ生ゴミから発せられる酸っぱい臭いは、カーテンや枕、さらには自分の皮膚にまで染み付いているような気がして、シャワーを浴びても取れませんでした。深夜、暗い部屋で一人座っていると、カサカサという害虫たちの足音が四方八方から聞こえてきました。暑さで朦朧とする意識の中で、自分もこのままゴミと一緒に腐ってしまうのではないかという恐怖に襲われ、一晩中眠れない日もありました。ゴミ屋敷での生活は、暑さによって地獄の純度が増していきます。汗でベタつく腕がビニール袋に張り付く不快感、生温いペットボトルの水を飲む虚しさ。あの日々を思い出すと、今でも喉の奥が乾くような感覚に陥ります。僕が断捨離を決意したのは、熱中症で意識が遠のき、救急車を呼びたくても電話がゴミの山の下で見つからなかったときです。幸い、意識を取り戻した僕は、狂ったようにゴミを捨て始めました。汗が目に入り、手が汚れで黒くなっても、僕は止まりませんでした。ゴミが消えるにつれて、部屋の温度が少しずつ下がっていくような錯覚を覚えました。全てのゴミを出し切り、数年ぶりに窓を開けて、夜の涼しい風を部屋に入れたとき、僕は声を上げて泣きました。断捨離は、自分を救うための唯一の手段でした。暑い夏に苦しんでいるゴミ屋敷の住人たちに伝えたいです。その不快感は、あなたが生きている証であり、そこから逃げろという本能の叫びなのだということを。
灼熱のゴミ部屋で過ごした僕の夏休み