アスペルガー症候群と診断された三十代の会社員、健二さん(仮名)は、長年、足の踏み場もないゴミ屋敷に住み続けていました。彼の部屋には、十年分以上の新聞紙、壊れた電子機器、そして大量の空のペットボトルがうず高く積み上がっていました。健二さんは仕事においては非常に有能で、緻密な計算や論理的な分析を得意としていましたが、自宅に戻ると、たった一袋のゴミを出すことさえできないというギャップに苦しんでいました。彼の背景を探ると、物を捨てる際の「決断の疲弊」が浮き彫りになりました。アスペルガー症候群の特性として、彼は情報の重要度をランク付けすることが極めて苦手であり、古いレシート一枚であっても「将来、何かの証明に必要になるかもしれない」という論理的な不安を打ち消すことができなかったのです。また、物の配置を変えることへの強い抵抗感、いわゆる「同一性の保持」へのこだわりが、部屋の改善を阻んでいました。状況が変わったのは、専門のカウンセラーと連携した整理収納アドバイザーが介入したことがきっかけでした。彼らは健二さんの「論理的思考」を尊重し、感情に訴えるのではなく、データとルールに基づいた片付けを提案しました。まず、部屋にある物を「過去一ヶ月で使用したもの」「一ヶ月以上使用していないもの」という二つのカテゴリーに厳格に分類し、後者はデジタルスキャンして物理的な実体は処分するというシステムを構築しました。健二さんにとって、情報のデータ化は「物を捨てた」という感覚ではなく「形式を変換した」という納得感に繋がりました。また、ゴミ出しのスケジュールをスマートフォンのカレンダーに登録し、実行できた際には視覚的に進捗が確認できるグラフを作成しました。アスペルガー症候群の特性である規則性を好む傾向が、このシステムに見事に合致し、健二さんは次第にゴミを出すことを「システムを正常に稼働させるためのメンテナンス作業」として捉えるようになったのです。一年が経過した現在、彼の部屋にはかつての面影はなく、必要最小限の物に囲まれた機能的な空間が維持されています。この事例は、本人の性格を変えようとするのではなく、特性をシステムとして活かすことが、ゴミ屋敷解決の鍵であることを示しています。