私が自分の部屋の惨状を客観的に見つめ直したとき、そこにはアスペルガー症候群という私の個性が色濃く反映されていることに気づきました。私の部屋がゴミの山になったのは、決して掃除をサボりたかったからではありません。むしろ、私の中では全ての物に意味があり、それをどう扱うべきかという決断を下すことが、あまりにも重いタスクとして私の脳にのしかかっていたのです。私は幼い頃から、特定の質感を持つ紙やプラスチックの容器に強い愛着を持っていました。他の人にとってはただの空き箱であっても、私にとっては光の反射具合や手触りが完璧な「美しい物体」であり、それをゴミ袋に入れることは、芸術作品を破壊するような冒涜に感じられたのです。また、私は一度に一つのことしか考えられないシングルフォーカスの持ち主です。仕事や趣味のプログラミングに没頭している間、私の世界にはそれ以外の情報は一切存在しなくなります。空腹を満たすために食べたコンビニの袋が床に落ちても、それを拾うという行為は私の意識の範疇の外にありました。そうして何ヶ月も一つのことに集中し続けている間に、気づけば足の踏み場もなくなり、ゴミの山が私の周囲を囲む壁のようになっていました。さらに、私にとって「空間の整理」という概念は非常に曖昧なものでした。どこに何を置くべきかという社会的なルールが直感的に理解できず、一度置いた場所がそのまま定位置になってしまうのです。ゴミが積み上がっていく過程で、私はそれらに「囲まれている」ことに不思議な安心感さえ抱いていました。外の世界は私にとって予測不能で騒々しい場所ですが、自分の部屋のゴミの山は私が作り上げた不変の宇宙であり、そこには誰にも邪魔されない静寂があったのです。しかし、異臭や害虫の発生という物理的な限界が訪れたとき、私はようやく自分の「安心感」が社会的な適応を妨げている現実に直面しました。断捨離を始めた当初は、自分の分身を捨てていくような激しい苦痛がありましたが、支援者の助けを借りて少しずつ空間を広げていくうちに、物理的な余白が心に新しい風を吹き込んでくれることを学びました。今でも溜め込みたい衝動と戦っていますが、自分の脳の癖を理解したことで、ゴミに飲み込まれないための自分なりの防衛策を身につけつつあります。
自分の部屋がゴミの山になった理由